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【アラベスク】  第8章 荊の城



第2節 鰯のそらと蝉のかぜ [19]




 自分にできる事ならなんでもやろう。そう心に誓った。
 だが今、小童谷は笑う。
「もう助けてもらった」
「え?」
「駅舎まで連れてきてくれた。それだけで十分だよ」
「そっ それだけ?」
 目をパチクリさせる相手に、小童谷は口元を緩める。
「君の姿を山脇瑠駆真に見せることができた。これで、山脇瑠駆真をお茶会へ誘うべく君も働いているという姿を、彼の目に焼き付けることができた。お茶会に彼が出席した時、華恩との会話の中で俺の名前が出てくれば、一緒に君の名前が出てくる可能性も高い。今回の対面は、彼にはかなり印象深かったと思うからね」
「あっ」
「もし今日、俺が一人で行っていたとしたら、山脇瑠駆真は俺が声を掛けたことになる。君が一生懸命働いているという事実が、華恩には伝わらなくなる。それは、困るだろう?」
「それは、まぁ 確かに」
 確かにそれは困る。たとえ山脇瑠駆真が華恩のお茶会に出席したり二人の仲が接近したりしたとしても、自分がその事実に貢献したと認められなければ、何の意味もない。なにせ、認められるためにこうして動いているのだから。
「それに、どこで誰が見ているかわからない。俺一人で動けば、君の存在など意味はないと華恩に告げ口する子もいるかもしれない。君が俺の事を小間使いにしているなんて言い出すかも」
「そんなっ!」
「困るだろ? だからね、一緒に行動して、君も頑張っているという姿を見せておいた方がいい。その方が、華恩の信頼も取り戻しやすい」
「だったら、これからも―――」
 だがその先は、小童谷の言葉によって強引に遮られる。
「でもね、ここから先は、俺一人で動くよ。たぶんその方がいい」
「どうして?」
「どうしても。先ほどの彼の様子、少し不機嫌にさせてしまったようだしね。こういうのは同性同士の方がうまくいき易い」
 そうだろうか? と思いながらも、小童谷に言われるとそうなのかもと思えてくる。
 そんな緩に、陽翔は瞳を細める。
 これでいい。これで自分は、たとえ気まぐれであったとしても、華恩の為に山脇瑠駆真に近づき、可愛い一年生のために一肌脱いだ優しい上級生になれる。
 真意を気付かれる事はない。
 母親の話題を出した途端、不機嫌になってしまった山脇瑠駆真。
 お茶会には出席させる。だが少し、甚振(いたぶ)ってもやりたい。そのために、他人の口出しは邪魔なだけだ。
 陽翔は毒づく。
 山脇瑠駆真。なんて目障りな、憎たらしいヤツ。
 お前が死ねばよかったんだ。
 だがもちろん、緩はそんな陽翔には気付かない。
 なんて計算高いのかしら。
 尊敬を通り越して畏怖すら感じてしまう緩。
 そこまで考えている人なら、お茶会の件も任せてしまって大丈夫かも。
 悪戯を楽しむかのような小童谷の瞳。見ているとなんとなく 大丈夫かも とも思えてくる。
「大丈夫。山脇瑠駆真は必ず華恩のお茶会に出席させるよ。成功したアカツキには、君の存在がどれほど重要だったか、俺からも華恩に存分に売り込んであげるから」
 はっきりとは納得できない。本当に任せて良いのだろうか?
 だが、だからと言って、今の緩には有効な手立てはない。聡と美鶴を引き寄せる手腕はないワケだし。
 本当に、大丈夫なのかな?
 不安を抱きつつも、緩は小童谷の言葉に頷くしかなかった。







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